
映画『国宝』をご覧になりましたか?
私はシニア割で映画を楽しむのですが、上映中は作品に魅了され、2回見に行きました!
映画『国宝』は、圧倒的な映像美と役者陣の熱演が話題を呼び、動画配信サービスでも多くの人を魅了し続けている名作です。
本作は歌舞伎の世界を舞台にしていますが、「歌舞伎の知識がないから難しそう…」とためらっている方もいるかもしれません。しかし、劇中で最も重要な演目として登場する『曽根崎心中(そねざきしんじゅう)』の背景を知っておくだけで、映画の感動はより深いものになります。
実は私、若い頃に友人に誘われて歌舞伎を観に行った際、人間国宝である坂田藤十郎さんが演じる「お初」を生で観るという贅沢な経験をしました。当時は知識も浅かったのですが、今振り返るとその凄みがよく分かります。もっと知識他背景を知っていれば、楽しみ方が倍増したと思うと、この年になって悔やまれます。
今回は、映画『国宝』のクライマックスを彩る『曽根崎心中』の魅力と、知っておくと映画が10倍面白くなるポイントをご紹介します。
1. 映画『国宝』と『曽根崎心中』のつながり
映画『国宝』は、吉田修一さんのベストセラー小説を実写化した作品です。 原作の吉田修一さんは、この作品を執筆するにあたり約3年間、黒衣(くろご)として実際に歌舞伎の楽屋に入り浸るほどの熱量を持って取材を重ねられたそうです。だからこそ、フィクションでありながら息を呑むようなリアルな描写が実現しています。
参考:朝日新聞デジタル|吉田修一さん『国宝』インタビューなど
物語は、任侠の家に生まれながら歌舞伎の世界へ飛び込んだ喜久雄(吉沢亮さん)と、名門歌舞伎一家に生まれ将来を期待される俊介(横浜流星さん)という、対照的な二人が芸の道を極めていく壮大なライフストーリー。
そして、この二人の「芸と人生」の到達点として描かれるのが、名作演目『曽根崎心中』なのです。
2. 300年以上愛される名作『曽根崎心中』とは?
『曽根崎心中』は1703年、人形浄瑠璃の作者である近松門左衛門によって書かれた作品です。後に歌舞伎の演目としても大人気となりました。
- 舞台: 現在の大阪市北区にある「お初天神(露天神社)」の森
- あらすじ: 遊女の「お初」と、醤油屋の手代(店員)である「徳兵衛」が、周囲の引き裂きや裏切りといった困難の末に、強い絆で結ばれたまま心中を選ぶ悲恋の物語。
この作品の最大の特徴は、「当時、実際に起きた心中事件をもとに、わずか1ヶ月足らずで書き上げられた」という点です。当時の人々にとって、まさに“今週の重大ニュース”をそのまま舞台にしたような生々しさがあり、大ヒットを記録しました。
参考:文化デジタルライブラリー(独立行政法人日本芸術文化振興会)|曽根崎心中 解説
若い頃の私は「なぜ死を選ばなければならなかったのか」と理屈で考えてしまいましたが、人生経験を重ねた今なら、割り切れない人間の情愛や、死をもってしか貫けなかった純粋さが、300年以上経った今も人々の心を揺さぶり続けている理由が分かります。理性や理屈を超え、感情にゆさぶられる実に人間らしさを表現している作品だと感じます。
3. 映画『国宝』における『曽根崎心中』の3つの見どころ
映画の中で描かれる『曽根崎心中』は、ただの舞台シーンではありません。以下のポイントに注目すると、より胸が熱くなります。
① 主人公たちの人生と芸が重なる瞬間
喜久雄が演じる「お初」と、俊介が演じる「徳兵衛」。
二人が舞台上で見せる姿には、それまで歩んできた人生、友情、嫉妬、葛藤、そしてライバルとして切磋琢磨してきた年月のすべてが昇華されています。お初と徳兵衛が死へ向かう覚悟と、喜久雄と俊介が役者として芸に命を懸ける姿が完全にシンクロし、映画の枠を超えた緊張感が生まれます。
② 緊迫の「縁の下の場」
『曽根崎心中』の中でも特に有名なのが「縁の下の場」です。 訳あって店の床下に身を隠している徳兵衛。その真上で、お初は徳兵衛を追い詰めた悪党・九平次を相手に、何事もないように振る舞います。
言葉を交わせない緊迫した状況の中、お初は着物の裾からそっと足先を床下へ出します。徳兵衛はその足先を自らの喉元や頬に当てることで、「死ぬ覚悟はできている」とお初に伝えるのです。 暗闇の中、足先だけで互いの命を確かめ合うこの場面は、映画でも吉沢亮さんと横浜流星さんの圧倒的な演技力によって、息を呑むほど美しくエロティックに描かれています。



映画『国宝』のコマーシャルでも使われてたまさに、インパクトの多い場面の1つだと思います。
③ 上方歌舞伎の正統な「魂」の継承
現実の歌舞伎界において、『曽根崎心中』のお初を生涯で1,400回以上も演じ、作品を現代に復活させた立役者が、人間国宝の四世坂田藤十郎さんです。
そして、映画『国宝』の歌舞伎指導・監修を担当されたのは、その息子である中村鴈治郎さんです。
劇中で語られる台詞のイントネーションや、扇一本の扱い方に至るまで、代々受け継がれてきた本物の伝統と技が息づいています。私が昔観た坂田藤十郎さんの放っていたオーラが、映画のスクリーンを通じて現代の若い役者たちに受け継がれているのを感じ、深く感慨深いものがありました。
参考:松竹株式会社|映画『国宝』公式サイト(または歌舞伎公式総合サイト「歌舞伎美人」)より
まとめ:背景を知れば、映画の感動はさらに何倍にも
映画『国宝』は、歌舞伎の知識がなくても人間のドキュメンタリーとして十分に楽しめるエンターテインメント作品です。 しかし、その背景にある『曽根崎心中』という300年前の本物の名作の重みを知ることで、ラストシーンの余韻は何倍にも膨らみます。
「芸に生きる」とはどういうことなのか。 これから映画を観る方も、配信でもう一度見返す方も、ぜひ二人が命を懸けた『曽根崎心中』の劇中劇に注目してみてください。



